多治見店ブログ

注文をつけない

おはようございます。
享佑です。

先日、あるやりとりで「学ぶ」ということを考えさせられました。
ただ、やみくもに教えを求めることを慢心といい、生意気と言います。
大切なことは真理に従うこと。

真理とは天。
また、師匠は天。
そこに注文する(=もっと教えてくれと求める)というのは、天に従えない、天を信用していないということですね。

僕は、整体の学び方も少し変わっていて。
師匠は一切何も教えてくれないんです。
テキストなんてありません。

だから、どうしたか?というと、師匠の全てを真似してました。
ゴルフのウェアのメーカーや、タバコの銘柄。
車も。
師匠が出かけるときは、どこへでもついていきました。
同じ空気感から学ぶ。

だから「教えてくれ!」なんて言ったことはないですね。
学べる材料って実は言葉での教えでなくともたくさん転がっている。
それを拾う(=自分で気づく)ことなく「教えて下さい」と言うのは、先生に「その材料を拾って渡せ!」と指示しているということですからね。
僕は、慢心したくないし、生意気にもなりたくない。

僕はあまり直接的な表現で整体を師匠から教えてもらってないです。
でも、多分、多くの整体師さんより学んでいると思います。
師匠も、それを分かっていると思います。
「教えてもらえる」と思った瞬間に、学びというのは見つけられなくなるものなのだ。

本当の学びとは、やみくもに教えを請うことではない。
自ら「観る」こと。
そんなことを思いつつ、また今日も精進していきたい。

どちらが主で、どちらが客か?
勘違いしてはいけない。

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一陰一陽、之を道と謂う

おはようございます。
享佑です。

さて、タイトルの言葉は易経の十翼の中の「繋辞伝」の中の言葉です。
「一陰一陽をこれ道と謂う。これを継ぐものは善なり。これを成すものは性なり。」

一陰一陽、つまり陰と陽があって始めて万物が生成される。
これを継ぐものは善なり。
天の道を、そっくりそのまま承け継いだものが、天の子たる人間の善である。

これを成すものは性なりとは、この無限大の天の道を具体化したのが、人の天から享けた性である。
性とは心と生、つまり体。
人間は天の道をそのままおのが性として内在させていることとなります。
ここから、天の運行と身体の変化を照らし合わせて、「天人合一」という考え方が生まれるのですね。

易はどうしても占術と思われますが、実践的に使える人生哲学として僕は捉えています。
非常にシンプルな構成であるがゆえに、難解なのですが、それも人の体とよく似ていると思います。
野口晴哉先生や整体の先達も易や老荘を愛しましたが、そこには人の体に対する大きな示唆が含まれているからですね。

易学を知れば、かなり健康的に生きることが出来ると思います。
それを僕自身が実践していかなければなりませんね。

また、ビジネスでも非常に汎用性の高い哲学です。
たとえば、「一陰一陽之を道という。」からは、スタッフをないがしろにしているような会社では良い商品・サービスが作れないことは明確です。
また、実力のない人間を排除するという考え方も生まれようがありません。

語り始めれば、きりがないほどの智慧が詰まった教えですね。
これからも大事にしていかないとな、と思った次第です。
易学をベースに人の体を捉えていく整体院は、うちを除けばかなり少ないかと思います。
そんな部分も知りつつ、施術を受けてもらえたらなぁと思います。
水風井

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